和泉敏之の医療研究室

和泉敏之による医療に関するオンライン研究室!

英語学習と認知神経科学 ―統合情報理論の挑戦―

 

 

 1.  はじめに

 

英語学習のための指針としてsla(second language acquisition、以下sla)は大いに貢献してきた。だが、これには課題も見られ、英語学習への特効薬などこの世にはないというのが現実である。課題としては、英語学習に関して必ずと言っていいほど必要である他者との関係や社会性を考慮に入れていないことがある。英語学習は他人と協力しながら行っていくという価値観がここにはある。これ自体は的を得ているし、否定するつもりは毛頭無い。だがsla本来の機能として、人間の個人内認知をしっかりと考察する必要があろう。社会システム理論を提唱したニクラスルーマンによれば、社会システムと相互に影響し合う心理システムの中身をもっと詳しく記述する必要があるということである。そこで、今回は人間の脳内の働きについて着目したいと思う。もちろん人間の脳内を見るということにはさまざまな器具が必要である。著者にはそのような環境が整っていない。そこで人間の脳について数学や哲学など、他領域からの横断的な考察を図っている統合情報理論について再検討して、slaに寄与する試みを行ないたいと思う。

 

  1. 統合情報理論

 

統合情報理論認知神経科学の一理論である。これによると、人間この脳内には数億のニューロンという細胞が存在し、それらが統合された状態で意識を作っている。そのニューロンが社会的世界から刺激を受けると発火し、さまざまなうごめきを見せることになる。そして記憶などの機能を見せることになる。ニューロンの発火はシナプスの形成に接続し、これにはまだまだ謎が多いが、著者の考えでは運動量の少なさと発火量の大きさのバランスによって、きまっていくと思われる。脳内の記憶は比較的古い皮質である脳の中心部から比較的新しい皮質である脳周辺部の自伝的記憶へと贈られる。これらが統合情報理論の概要である。

 

  1. 英語学習はどのように?

 

結論から言うと、英語学習という外国語の学習は、本来人間が母語を使ってコミュニケーションを測るときに作用する脳内の働きを、可能な限り外国語でも明示的に再現したものでなければならない。例えば、統語論の活用から見てみよう。英語の語順は日本語のそれと大きく異なる。日本語の語順を処理している時のニューロンシナプスの働きをもちろん我々は想像することはできないが、日本語の文において次にどのような要素が来るかを予測することはできよう。ここにおいてニューロンの発火とシナプス形成などの作用が起きていると考えられる。もう少し具体的に言うと、文の次の要素にこれまでの自伝的記憶からどのような要素が来るかを、頭から引き出して理解あるいは生成するということである。

 

これを外国語である英語学習に当てはめてみると、英語のNVNという構造をきちんと事前的記憶の中に沈殿させ、それを元に英文の理解や生成を行うということである。もう少し具体的に言うと、英語の文型をきちんと理屈上で理解した上、その構成を暗記するということである。これにより英語の語順が自伝的記憶に贈られる。あとはこれを適宜、引き出せるようにすればよいということである。このようにコミュニケーションを軸にして、英語学習における脳内の働きを、日本語のそれをヒントにし、忠実に再現して行くことが必要である。

 

  1. 終わりに

 

言語活動という言葉は魔法のような言葉であったと思う。実際にコミュニケーションを行えるような場面を設定して、活動を行うのである。この方法がベストだとは思えないが、やはり人間の言葉はコミュニケーションを行うための最大の財産であることを考えると、よりベターな方法として見直せる。思考のために人間の言語は存在するのではない。言語を媒介としなくても思考はできる。やはり、コミュニケーションのための装置として、人間の脳内からわき上がるように言語は存在しているのであろう。そしてそれは今でも進化している。今回は認知神経科学の最先端分野である統合情報理論を私なりに解釈した上で、slaの世界へ放り込んでみた。まだまだ雑な論考で、改善の余地は大いにあろう。自身の英語学習を振り返りながら、それと一緒に認知神経科学をさらに勉強して、それらを相互作用させる、こういうことを今後の課題として挙げておく。

 

  1. 参考文献

 

・Richard. P. 2016. Cognitive Neuroscience. Oxford.

・Vygotsky. 1986. Thought & Language. The MIT Press.

・Wilson. D. & Sperber. D. 2012. Meaning & Relevance. Cambridge.

・白井恭弘(2008)『外国語学習の科学』岩波書店

・土谷直嗣(2021)『クオリアはどこからくるのか?』岩波書店

・花本知子 訳、マッスィミーニ・トノーニ 著(2015)『意識はいつ生まれるのか』亜紀書房

・土方透・大澤善信 訳、ルーマン 著(2016)『自己言及性について』筑摩書房